世界のどの国にも『言葉』は存在している。
今回はその”言葉”から”言霊”について話をしていきたいと思います。
まずは
”話していきたいと思います”だなんていうけど、ただの引用です。笑
水は語る /江本 勝【著】 :講談社+α文庫 or 成星出版
正直にいうと、この本を読んで欲しいし、
それか炊いたお米をペットボトルに入れて、それぞれに『愛のある言葉』と『傷つける言葉』を言って、カビていくまでの早さを調べてもいいでしょう。
悪口を誰かに言えば、言われた相手は不安になったり、悲しんだりすることはもう知っていますよね。言葉にトゲがあるだなんて言うけど、形として見えるようになった時、その言葉の不思議さに、ただただ驚くばかりであります。
意思の籠る”言葉”
同時に、言葉というものにはとても想いがこもるものでもあります。
誰にでも何かを冗談で伝えようとしたり、本気で想うことを言い放ったりしたことがありますよね。その言葉に感情がのっているなと感じたりしませんか。「言いすぎちゃった」「余計なこと言っちゃった」と思う時のように、言葉がスラスラ出てきて止まらないあの感じです。
言葉には想いが乗るものです。
ですがどう伝えようとしても相手の心にはキズが入ることがあります。
言葉は”残る”
なぜ松尾芭蕉のような詩人の言葉が胸に響くのでしょうか。
なぜ福沢諭吉の言葉が今に残るのでしょうか。
政治観念抜きにして、本当に大切なことというのは、誰の心にも届いてくるものです。
言葉は相手に何を残すかを決めることが出来るんだって、そう感じました。
言葉は”響く”
なぜ相手の心がわかるのでしょうか。
その言葉ひとつで。
なぜ元気になったり、勇気が湧いたり、悲しみを知ったり出来るのでしょうか。
”言葉”というものは、本当は『人の心を知る』そのための道具ではないのでしょうか。知ったようなことを言いますが、その道具を使うことで共鳴することだって出来るはずです。
言葉は”振動”
その声は、意思が加わることで言葉に変わります。
息が声帯を震わし、その音がさらに鼻や口の中で響いたりして、自分の周囲の空気を震わして相手にその振動が届くものでもあります。
ここで思い出して欲しいことは、その振動で水の結晶は変化したことです。
言葉が相手に届くということはつまり、相手に強制的に糸電話を耳につけてもらっているというのと同じことだと考えます。そしてそれは、強制的に相手の体内の水の結晶の形を美しくしたり、ぐちゃぐちゃに歪んだものにも変えることが出来るということと同じことではないでしょうか。
”言葉は言ったら返ってこない。”
だってその言葉が相手に届いた瞬間、相手の身体の水の結晶は形を変えてしまっているから。
だから「言葉に気をつけなければいけない」と先人たちは言うのだと思いました。
まとめ
『例え思ったとしても口に出さない』ことは、互いに共鳴し合う人々の暮らしに何を与えることが出来るのでしょうか。包含する心というのは何でしょうか。”忍耐”ってなんでしょうか。それらが自分にとって不平不満に思わない整理ができたなら、世界はどう変わるのでしょうか。
先の見えない未来だからこそ、まずは身近に出来ることを考えるとしたならば、自然と『自分の周りに”天国”を作る』ように変わるのかなと思っています。(「天国」って言ったら分かりやすいと思ったので使ってます。)
それぞれの幸せが世界中に満たされたとき、それが本当の理想郷になるかもしれませんね。
以上、誰でも出来る、そして一番身近な”言葉”の扱い方について考えたお話でした。
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